「グローバルヘルス」とは、医療に国境がなくなったグローバル化の一つの形態で、従来のように先進国が発展途上国を援助するのではなく、両者に共通する地球規模の保健医療の課題を、さまざまなセクターが一緒に解決していく分野だ。それは、極めて学際的で、イノベーションを重視し、社会医学に限らず、基礎研究、臨床医学、そして、薬や機器の供給も含まれる。パンデミックなどの感染症、生活習慣病の蔓延、高齢化、皆保険制度、医療人材不足、医薬品開発などの問題は、発展途上国も含めた国内外共通の課題である。2000年代半ばから米国を中心にグローバルヘルスという言葉が使われ出し、瞬く間に世界中に広まった。(中略)なぜここまでグローバルヘルスが大きなブームになっているのだろうか。それは、保健医療が国際開発、そして、国家成長戦略および外交安全保障戦略の重要な課題として認知されたからである。グローバルヘルス興隆の始まりは2000年に遡る。当時の国連事務総長コフィ・アナンが提唱し、国連加盟189カ国が合意したミレニアム開発目標(MDGs)というものがある。MDGsは2015年までに国連加盟各国が達成すべき開発目標であるが、8つの目標のうち実に3つが保健医療関連であり、このMDGsによって保健医療は開発の主なアジェンダとなった。MDGsの礎を築いたのは、コロンビア大学のJeffery Sachsだ。それまでの世界の開発分野では、「貧困があって病気になる。だから、まず経済開発を優先すべきだ」という発想だった。しかし、Sachsらは、アフリカのマラリア等の事例を示し、「病気があるから貧困になる、だから、健康に投資しなければならない」と訴えた。つまり、「健康への投資」によって経済成長も促すことを示した。グローバルヘルスへの期待が急速に増えたのはそれからだ。さらに、欧米諸国では、保健医療が開発や国家成長の重要戦略であるのみならず、外交安全保障戦略の主な対象となっていることを忘れてはならない。発展途上国の感染症対策は、先進国の自国民を健康の脅威から守ることでもある。それを明確に示しているのは、ヒラリー・クリントン元国務長官のジョンズ・ホプキンス大高等国際関係大学院(SAIS)でのスピーチだ。彼女は、「グローバルヘルスは、破綻国家を救済し、社会経済開発の手段として有能な同盟国を支援し、国家安全保障として米国民を守るためにある。そして、(ブッシュ政権で傷ついた)民間外交手段として有効であり、何よりも、米国民の思いやりの表れである」と言っている。それを裏付けるように、米戦略国際問題研究所(CSIS)や英王立国際問題研究所(チャタムハウス)といった著名な外交政策シンクタンクにおいても、グローバルヘルスに関する部門が近年設立され、活発に政策提言を行っている。このように、近年のグローバルヘルスの興隆の背景には、保健医療が従来の保健セクターを超えて、国家戦略、さらには、外交安全保障戦略としての地位を確立したことがある。つまり、グローバルヘルスは、いま、政治・外交・経済・貿易・ビジネスにおけるイノベーションの最前線なのである。2014.02.24 SYNODOS
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