JUNTENDO News&Events ニュース&イベント
2025.03.06 (THU)
- 順天堂大学について
- 研究活動
- メディアの方へ
- 企業・研究者の方へ
- 医学部
- 医学研究科
中学・高校生期と高齢期の運動習慣が高齢期の精神疾患リスクを低減 ~高齢者を対象とした文京ヘルススタディー(観察研究)で明らかに~
順天堂大学大学院医学研究科スポートロジーセンターの石薈聡 大学院生(博士後期課程4年)、健康総合科学先端研究機構 田端宏樹 特任助教、スポートロジーセンター 田村好史 センター長補佐/スポーツ医学・スポートロジー 教授、河盛隆造 センター長/特任教授、綿田裕孝 副センター長/代謝内分泌内科学 教授 らの研究グループは東京都文京区在住の高齢者約1600名を対象とした観察研究により、中学・高校生期と高齢期の両方の時期に運動習慣がある高齢者では軽度認知障害(MCI)*1のリスクが低く、また少なくともどちらかの時期に運動習慣がある高齢者では老年期うつ病*2のリスクが低いことを明らかにしました。
超高齢社会に直面する我が国では、長期介護が社会問題化しており、要介護の主要なリスクである認知機能障害や老年期うつ病などの精神疾患の予防は重要な課題です。過去(青年期)の運動が精神疾患のリスク低減に有効である可能性を示唆した本成果は、我が国における介護予防や健康寿命の延伸の観点から、極めて有益な情報であると考えられます。
本研究はそれぞれ2024年11月11日付で「Frontiers in aging neuroscience」、11月19日付で「Frontiers in public health」のオンライン版で公開されました。
本研究成果のポイント
- 東京都文京区在住の約1600名の高齢者を対象に、臨床検査、体力測定、生活習慣調査などを含む包括的な健康調査を実施。
- 中学・高校生期と高齢期の両方の時期に運動習慣がある高齢者は軽度認知障害のリスクが低いことが明らかとなった。
- 中学・高校生期、高齢期、もしくは両方の時期に運動習慣がある高齢者は老年期うつ病のリスクが低いことが明らかとなった。
■背景
2016年発行の世界精神保健調査によると、我が国における認知症やうつ病を含む精神疾患の生涯有病率は22.9%と報告されており、約5人に1人が生涯に一度は罹患する身近な疾患です。2022年の国民生活基礎調査(厚生労働省)によると、要介護の原因疾患の第一位は認知症の23.6%です。MCIは認知症の前段階であり、MCIと診断された人の約10~15%が認知症を発症します。一方で、老年期うつ病は自殺念慮や認知症の進行や発症と関連します。よって、MCIや老年期うつ病の予防は介護予防の観点から極めて重要です。
これまでの研究で、運動がMCIや老年期うつ病の予防や改善に有効であると示されていましたが、生涯のいつの時期の運動実施が高齢期の認知機能の維持やMCIや老年期うつ病の予防に、より有効であるかは十分に解明されていませんでした。青年期の運動は、脳の認知記憶領域(特に海馬)の増大や脳神経ネットワークの強化を促し、認知予備能を高めます。また、加齢や病理学的変化に適応するための神経可塑性をもたらし、ストレス応答の改善を通じて、うつ病のリスクも低減します。一方、高齢期の運動は神経栄養因子の増加、血流改善、神経可塑性の促進、炎症抑制を通じて、認知機能の低下や老年期うつ病を予防・改善します。よって、中学・高校生期と高齢期での運動実施が認知機能低下や老年期うつ病の予防により有効であると推察されます。そこで本研究では、都市部在住高齢者約1600名の観察型コホート研究のデータを用いて、中学・高校生期および高齢期の運動習慣と軽度認知機能障害(MCI)および老年期うつ症状との関連について検討しました。
■内容
本研究では、東京都文京区在住の高齢者を対象とした観察型コホート研究“Bunkyo Health Study”(文京ヘルススタディー)*3の開始時調査に参加した65~84歳の高齢者1629名(男性687名、女性942名)の測定データを用いて解析を行いました。モントリーオール認知機能評価日本語版(MoCA-J)、老年期うつ病評価尺度(GDS-15)日本語版を用いて、軽度認知機能障害(MCI)と老年期うつ症状を評価し、質問紙により中学・高校生期および高齢期の運動習慣を調査しました。中学・高校生期と高齢期(現在)の運動習慣の有無の組み合わせで4群に分け、MCIおよび老年期うつ病の有病率を比較しました。
その結果、中学・高校生期と高齢期の両方で運動習慣を有する人では両時期で運動習慣を有さない人に比べてMCIのオッズ比*4が0.62倍低いことが示されました。(図1)
図1: 4つの運動習慣グループとMCIの有病率の関連
*年齢、性別、BMI、教育年数、過去と現在の喫煙歴、高血圧の有無、 2型糖尿病の有無、脳血管疾患の有無とアルコール摂取量で調整
また、中学・高校生期のみ、高齢期のみ、あるいは両時期に運動習慣を有する人では両時期で運動習慣を有さない人に比べて老年期うつ症状のオッズ比が男女とも低いことが示されました(男性:中高なし高齢期あり群オッズ比0.48、中高あり高齢期なし群オッズ比0.51、中高あり高齢期あり群オッズ比0.45;女性:中高なし高齢期あり群オッズ比0.63、中高あり高齢期なし群オッズ比0.59、中高あり高齢期あり群オッズ比0.63)。(図2)
図2:4つの運動習慣グループと老年期うつ症状の有病率の関連
*年齢、BMI、教育年数、アルコール摂取量、ブリンクマン指数、2型糖尿病の有無、脳血管疾患の有無、MCIの有無と独居で調整
■今後の展開
本研究では、中学・高校生期と高齢期の両方の時期に運動することによりMCIのリスクを、中学・高校生期と高齢期どちらかあるいは両方の時期に運動することにより老年期うつ病のリスクを低減できる可能性が明らかになりました。
本研究の興味深い点は、高齢期の運動だけでなく、数十年前の中学・高校生期の運動が高齢期の精神的な健康の維持に関連している可能性を示している点です。昨今、少子化が進むなか、部活動の運動部員数が減少傾向にあり、スポーツをしたくても部活がない時代がくるのではないかと危惧されています。実際にスポーツ庁の調査では2009年から2018年の間に中学生の運動部活動所属者が約13.1%減少したと報告されています。本研究の成果は、若い頃の運動の長期的な意義を示唆しており、若い頃に参加しやすい運動やスポーツの機会を増やしていくことが将来の健康長寿社会の創出につながると期待されます。
今回の研究により、中学・高校生期と高齢期の運動がMCIと老年期うつ病を代表とした精神機能に良い影響を与えうることが示唆されましたが、それぞれの時期にどのような運動をどれくらい行うことが必要かなど、まだ不明の点が多く残されており、今後さらなる研究を進めていきます。
■用語解説
*1 軽度認知障害(MCI): 健常な状態と認知症の中間の状態であり、ご本人やご家族に認知機能低下の自覚があるものの、日常生活は問題なく送ることができている状態のことです。
*2 老年期うつ病: 「65歳以上の高齢者(老年期)のうつ病」のことを意味します。うつ病はどの年齢層でも起こり得ますが、他の年齢層と高齢者では症状の現れ方や原因などが異なり、高齢者特有の特徴がみられます。
*3 Bunkyo Health Study (文京ヘルススタディー): 順天堂大学大学院医学研究科 スポートロジーセンターで2015年から取り組んでいる、東京都文京区民1,629名の高齢者を対象として、認知機能・運動機能などが「いつから」「どのような人が」「なぜ」低下するのか?「どのように」早期の発見・予防が可能となるか?などを明らかにする研究。
(参照: https://research-center.juntendo.ac.jp/sportology/research/bunkyo/)
*4 オッズ比: ある疾患などへのかかりやすさを群間比較した尺度のこと。オッズ比が1より小さいとかかりにくいことを意味する。
■原著論文
本研究成果は以下のオンライン版で公開されました。
「Frontiers in aging neuroscience」 (2024年11月11日付 )
英文タイトル: Association between exercise habits in adolescence and old age and the risk of mild cognitive impairment: the Bunkyo health study
タイトル(日本語訳): 青年期および高齢期の運動習慣が軽度認知機能障害リスクと関連する:文京ヘルススタディー
著者: Huicong Shi1,2, Hiroki Tabata3, Hikaru Otsuka1,2, Takahito Iwashimizu4, Hideyoshi Kaga5, Yuki Someya6, Abulaiti Abudurezake2, Saori Kakehi2, Hitoshi Naito5, Yasuyo Yoshizawa3,7, Ryuzo Kawamori1,2,5, Hirotaka Watada2,5, and Yoshifumi Tamura1,2,5,7
著者(日本語表記): 石 薈聡, 田端 宏樹,大塚 光, 石清水 隆人, 加賀 英義, 染谷 由希,アブドラザク アブラディ,筧 佐織,内藤 仁嗣, 吉澤 裕世, 河盛 隆造, 綿田 裕孝, 田村 好史
著者所属: 1)順天堂大学大学院医学研究科 スポーツ医学・スポートロジー、2)順天堂大学大学院医学研究科 スポートロジーセンター、3)順天堂大学健康総合科学先端研究機構、4)順天堂大学医学部付属浦安病院、 5)順天堂大学大学院医学研究科 代謝内分泌内科学、 6)順天堂大学スポーツ健康科学部、7)順天堂大学国際教養学部
DOI : 10.3389/fnagi.2024.1456665
「Frontiers in public health」(2024年11月19日付 )
英文タイトル: Exercise habits in adolescence and old age are positively associated with geriatric depressive symptoms: the Bunkyo Health Study
タイトル(日本語訳): 青年期および高齢期の運動習慣が老年期うつ症状と関連する:文京ヘルススタディー
著者: Huicong Shi1,2, Hiroki Tabata2, Hikaru Otsuka1,2, Hideyoshi Kaga3, Yuki Someya4, Abulaiti Abudurezake2, Saori Kakehi2, Hitoshi Naito3, Naoaki Ito3, Tsubasa Tajima3, Yasuyo Yoshizawa5, Ryuzo Kawamori1,2,3, Hirotaka Watada2,3, and Yoshifumi Tamura1,2,3,6
著者(日本語表記): 石 薈聡, 田端 宏樹,大塚 光, 加賀 英義, 染谷 由希,アブドラザク アブラディ,筧 佐織,内藤 仁嗣,伊藤 直顕, 田島 翼,吉澤 裕世, 河盛 隆造, 綿田 裕孝, 田村 好史
著者所属: 1)順天堂大学大学院医学研究科 スポーツ医学・スポートロジー、2)順天堂大学大学院医学研究科 スポートロジーセンター、3)順天堂大学大学院医学研究科 代謝内分泌内科学、4)順天堂大学スポーツ健康科学部、5)順天堂大学大学院医学研究科 共同研究講座(健康寿命学講座) 、6)順天堂大学国際教養学部
DOI : 10.3389/fpubh.2024.1405666
本研究は、文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業(2014-2018,S1411006)、JSPS科研費(JP18H03184、JP20K23261)、ミズノスポーツ振興財団、三井生命厚生財団の研究助成を受け実施しました。また、本研究に協力頂きました参加者様のご厚意に深謝いたします。