「人は食べたものでできている」という格言を聞いたことがある人は多いだろう。この言葉はどうやら、体の健康だけでなく、脳の健康にも当てはまるらしいことがわかってきた。適切な食品を摂取し、不適切な食品を避ければ、気分や精神的な健康が改善される可能性があるという主張を裏付ける研究は、ますます増えつつある。
「心臓病や糖尿病などで食事が重要な役割を果たしていることが常識とされているのと同じように、脳の機能や気分、そして精神疾患にも、食事の選択が影響を及ぼすことがわかってきたのです」と語るのは、オーストラリア、ディーキン大学フード&ムードセンターの副所長で、国際栄養精神医学会の会長でもあるウォルフガング・マークス氏だ。
「超加工食品を多く含み、栄養の質の低い食事では、うつ病や不安障害のリスクの高さとの関連が一貫して見られます」と氏は言う。マークス氏らが2024年に医学誌「BMJ」に発表した研究は、超加工食品を多く摂取する人々では、不安障害のリスクが48%、うつ病のリスクが22%高かったことを示している。(参考記事:「「超加工食品」の多い食事、うつや認知症の割合が高かった、研究」)
一方で、研究からは、食生活の改善がうつ病の改善につながることがわかっている。また、学術誌「Nutrition Reviews」2025年2月号に掲載された、13件の研究を対象としたレビュー論文によると、地中海式の食事は子どもや10代の若者におけるうつ病や不安のリスクを減らし、注意欠陥・多動症(ADHD)の症状を和らげる可能性があるという。(参考記事:「沖縄の伝統食はなぜ長寿の秘訣なのか、地中海食と並ぶ世界の双璧」)
2024年に医学誌「BMC Public Health」に掲載された成人7434人を対象とした研究では、豆類、野菜、果物、ヨーグルト、魚やシーフード、牛乳、フルーツジュースを多く摂取する人ほど、知覚されたストレスのレベルが低いことがわかった。
目指すべきゴールは、食事療法と、心理療法や薬物療法などの精神医療とを組み合わせることだと、マークス氏は述べている。
「食事の選択と精神疾患のリスクとの関連については、まだあまり人々に理解されていないと感じています」と語るのは、米ワイオミング州の精神科医ドリュー・ラムジー氏だ。精神医療の専門家が通常、栄養について学ぶ機会を持たないことも問題を難しくしている一因だと、氏は指摘している。
食事と気分の関係
この分野の研究の多くは、特定の食事パターンや栄養素の摂取と精神的な健康状態との相関関係に焦点を当てている。しかし、「食事がメンタルヘルスに影響を与える生物学的な経路は複数あります」と、マークス氏は言う。
食事は体や脳の中で炎症を引き起こすこともあれば、逆に緩和することもある。食事はまた、神経炎症や神経変性を引き起こす酸化ストレスにも影響を与える。さらには、食品の中には、ドーパミンやセロトニンといった、気分に大きな作用を及ぼす神経伝達物質を増やす働きを持つものもある。
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